人や動物、植物、あらゆる生き物の体内には計り得ない空間 が広がっている。それが巨大なのか微細なのか、私達には分からない。そこには何も無いのかもしれない。音楽が鳴るとき、私達は耳を澄ます。その美しさや凶暴さに近づこうとする。深い共鳴と変化を求めて。
2008年よりギターを用いた作曲活動を続けてきた松本智仁と、唯一無二の声とピアノで瞬間を紡いできたMujika Easel の辰巳加奈によるユニット「天体」の1stアルバム「voyage」がこの度完成した。静かに横たわる巨木の様な、全48分に及ぶ2曲のピアノ独奏によって構成されている。Harold Budd の「In the Mist」や Arvo Part の「Spiegelim Spiegel」に感じられる幽遠さを湛えながらも、まったく異質な輝きを持った作品に仕上がっている。録音はUA やBOREDOMS、トウヤマタケオ、mama!milk などを手掛けてきた林皇志。気が遠くなる様な繊細なピアノのタッチと倍音を見事に拡大し、集音する事に成功している。
本作品は松本と辰巳による36種類の水彩画がランダムに3枚封入された特殊パッケージとなっている。装丁に至るまで彼ら自身が監修し、楽曲に鮮やかな広がりを与えている。
人知れず蠢く夜の海の様に、静寂に満ちたこの楽曲には残響から導きだされる確かなリズムと、複雑に変化していく美しい旋律がある。極限までに引き延ばされた音の空間で、私達は浮遊する事ができるのである。「voyage」即ち船旅の中に、長く閉ざされた瞬間の細部を見出す行為。一つの目的地への到着を待つ旅人の様に、私達は待つ事を許されているのである。
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add: 2016-03-17 / mod: 2016-03-17